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休日に家族葬

静かな住宅街の道に沿って長く伸びている磨いた塀のある立派な家に住んでいた。
彼は五年間を秀才で通しスムーズに上級学校へ進学し、のち大阪大学の総長になった。 私をも含めて彼より成績の悪い連中は、誰も金森を追い越せなかった。
お金があるというのは幸せなことである。 貧しいから精励して上昇するというのは嘘である。

金持の家に生まれたら実は余計に励みがつくのである。 いじけないで明かるく育って人に好かれる。
経済学者にはわからないであろうが、人生、お金は沢山あった方がよいのである。 Nの相続合理化論は、理論的にも実際的にも成り立たないのである。
それではどうしたら宜しいか。 相続税を廃止することである。
マルクスのように怨念に満ちた考えも捨てることである。 相続税に関する私の見解が、どうしても間違っていると主張したいという場合、ほんのちょっと時間を割いて、次の一文に目をさらすだけの労を払って欲しい。
御存知ケインズの「一般理論」第二四章の冒頭である。 われわれの生活している経済社会の顕著な欠陥は、完全一雇用を提供することができないことと、富および所得の恐意的で不公平な分配である。
上述の理論が、これらのうちの第一の点に対してもつ関係は明白である。 しかし、さらにそれが第二の点に対して関係をもつ二つの重要な側面がある。
一九世紀末以来、とくにイギリスにおいては、直接課税、所得税、付加税、および相続税の方法によって富および所得のきわめて大きな格差を除去する方向に向かって、著しい前進がなしとげられた。 多くの人々はこの過程がさらに一段と押し進められることをおそらく希望しているであろう。

しかし、彼らは二つのことを考えて思いとどまっている。 一つは、巧妙な脱税がきわめて有利になり、さらに危険負担への動機が過度に減退するという懸念である。
もう一つは、私の考えではこれが主たる点であるが、資本の成長は個人の貯蓄動機の強さに依存し、われわれはこの成長の大部分を富者の余剰からの貯蓄に仰いでいるという信念である。 われわれの議論はこれらのこつの問題の第一のものには影響を与えない。
しかし、それは第二の問題に対するわれわれの態度を著しく修正するであろう。 なぜなら、すでに見たように、完全雇用が実現する点までは、資本の成長は低い消費性向にまったく依存するものではなく、逆に、それによって阻止されるのであって、低い消費性向が資本の成長の助けとなるのは完全雇用の状態に限られるからである。
その上、経験の示すところによれば、現存の状況においては諸機関による貯蓄や減債基金の形における貯蓄は妥当な大きさを超えており、消費性向を高めるような形での所得再分配政策は資本の成長にとって積極的に有利となるであろう。 現在一般の人々がこの問題について混乱した考えをもっていることは、相続税が一国の資本資産を減少させる原因であるというきわめてありふれた考え方によってよく例証される。
もし国家が相続税の収入を通常の支出にふり向け、その結果所得税や消費税がそれだけ引き下げられるか、あるいはまったく撤廃されると想定すれば、もちろん、相続税を重くする財政政策が社会の消費性向を高める効果をもつことはたしかである。 しかし、習慣的な消費性向の増大は一般に(すなわち、完全雇用以外の場合には)、同時に投資誘因を増大させるであろうから、そのかぎりでは、普通に引き出されている推論はまったく真理に反している。
こうしてわれわれの議論は次の結論を導く。 すなわち、現代の状況においては富の成長は、通常考えられているように、富者の制欲に依存するどころか、かえってそれによって阻止されるということである。
したがって、富の大きな不平等を正当化する主要な社会的理由の一つが取り除かれることになる。 私は、ある状況におけるある程度の不平等を正当化することのできる理由のうち、われわれの理論によって影響されない理由が他にまったくないといっているのではない。
しかし、従来われわれが慎重に行動することが思慮深いと考えていた理由の最も重要なものは、われわれの理論によって否定し去られるのである。 このことはとくに相続税に対するわれわれの態度に影響を与える。

なぜなら、所得の不平等を正当化する若干の理由はあるにしても、それはそのまま遺産の不平等には当てはまらないからである。 私自身としては、所得および富の相当な不平等を正当化することのできる社会的、心理的理由は存在するけれども、それは今日存在するほど大きな格差を正当化するものではない、と信じている。
価値ある人間活動を十分に実現するためには、金儲けの動機と私有財産制度の環境が必要である。 その上、金儲けと私有財産の機会が存在するために、危険な人間性質を比較的害の少ない方向へ導くことができるのであって、それらの性質は、もしこの方法によって満たされないとすると、残忍性とか、個人的な権力や権勢の無謀な追求とか、その他さまざまな形の自己顕示欲にはけ口を求めるようになろう。
人が暴君となるなら、仲間の市民に対して暴君となるよりは、自分の銀行残高に対して暴君となる方がよい。 後者は前者への手段にほかならないとして非難される場合もあるが、少なくとも時には後者は前者の代わりになる。
しかし、これらの活動を刺激し、これらの性質を満足させるためにも、ゲームが今日のような高い賭金を目当てに演じられる必要はない。 もっと低い賭金でも、競技者がそれに慣れてしまえば、同じように目的にかなうであろう。
人間本性を変革する仕事とそれを統御する仕事とを混同してはならない。 理想的な国家においては、人々が賭けに興味をもたないように教育され、鼓吹され、脹られるということもあろうが、普通の人、あるいは社会の重要な階層の人たちさえもが、事実上金儲けの欲望に強くふけっているかぎり、ゲームを規則と制限のもとで演ずることを許すのがやはり賢明で思慮深い政治術というものであろう。
これはまことにわかりやすい説明であって、経済学の第一歩を噛んで含めて説くような行き届いた説明である。 そして決め手となる一刀両断の分析が一不される。
相続税が一国の資本資産を減少させる原因である。 金儲けと私有財産の機会が存在するためには、金儲けの動機と私有財産制度の環境が必要である。
多少とも経済学の常識があれば、この明快な閃光の如き洞察が、見事に共鳴する響音に、納得せざるをえないこと自明であろう。 続いてWが中西を相手に語るところ〈「誇りなき国は滅ぶ」平成十三年、致知出版社〉を聞こう。
中西改革した先の着地点、それを明確にしておかないと、なんのための改革だったのか、ということにもなりかねません。 そのイメージをはっきりさせておくことが重要です。

そして、そのイメージはこれまでの先進国とは違うものでなければなりません。 新しいイメージの先進国像。
それをわれわれは描けるかどうか、ですね。 渡部:それについては私に一つのはっきりしたイメージがあります。
中西:それはどういうものでしょう。 ぜひ伺いたいですね。
渡部:それはひと口にいえば、私有財産が完全に保障される国です。 中西:私有財産が完全に保障される国ですか。

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